地域の力を活かした子ども支援

仙台市立中野栄小学校

「日本語が話せない子どもの支援には、外国語がわかる人が必要」と思われがちです。しかし、外国ルーツの児童生徒が増加する中、こうした人材は不足しています。地域の力を活かして子どもたちの支援を行う学校で話を聞きました。

写真:取材でお話を伺った郷家さん(右)、小形さん(中)、郡山さん(左)
写真:取材でお話を伺った郷家さん(右)、小形さん(中)、郡山さん(左)

 

転校生はフィリピンで育った子どもたち

 仙台市の東端、多賀城市に隣接する地区にある仙台市立中野栄小学校。水族館やビール工場などが地域にある、港の近くの学校です。2016年の夏休み明け、この学校にフィリピンで育った子どもたちが転校してきました。

 

「日本語がほとんど出来ない2年生と1年生の姉弟が入ってくると。鎌田校長先生からこの話を聞いたときは、さてどうしようかと思いました」

 

 中野栄小学校で学校地域支援本部のスーパーバイザーを務める郷家 勤さんが、当時を振り返ります。「学校地域支援本部」は、地域と学校をつなぎ、学校の様々な活動に地域の人材を活かすことを目的とした仙台市のコーディネート事業。郷家さんはPTA会長経験もあり地域をよく知る学校の相談役です。

 

「まずは学校に早く慣れてもらうためサポート体制を整えようと考えたのですが、その時に頭にパッと浮かんだのが、うちの学校のスーパーレディたち。彼女たちならできるだろうと」

 

子育てのベテラン「スーパーレディ」

 郷家さんの言う「スーパーレディ」とは、1年生の給食時間にサポートをする木村さん、佐藤さん、郡山さん、小形さん、佐々木さんの5人の地域ボランティア。皆さん、自分の子どもはすでに成人し、孫もいる子育てのベテラン。地域や学校で様々な活動もしています。ただし語学は出来ないし、外国にルーツを持つ子どもたちの支援経験もありません。

 

 それでも「言葉が通じなくても子どもは子ども。彼女たちなら大丈夫」と考えた郷家さん。「とにかく一緒にいてあげればいいから」と学校でのサポート役を頼み、5人も「やってみましょう」と気軽に引き受けました。

 

 こうして始まった姉弟のサポート。月曜から金曜の毎日2時間、5人が日替わりでクラスに入り、子どもの隣に座って一緒に授業を受けました。「初めて会った時はやっぱり緊張しました。お互い言葉が通じなかったし。子どもたちも不安だったと思います」と郡山さん。それでも、「始めてみたら言葉の問題はそんなに大きくなかった。しぐさや表情でお互いに意思疎通が出来たし、絵を描き合ってコミュニケーションが取れました」と佐藤さん。

 

サポートで使った幼児向けの絵本。コミュニケーションのツールになった。
サポートで使った幼児向けの絵本。コミュニケーションのツールになった。

 

寄り添いと励ましが、子どもたちの適応を早める

 授業中、状況がわからず不安になったり、勉強に集中できなくなったりする子どもたち。スーパーレディたちは、幼児向けの絵本や教材を使うなど、試行錯誤で日本語や勉強を教えました。

 

 数か月経つと、授業も理解できるようになってきましたが、自信が無くて手を挙げることができません。そんな時は「(その答えで)あってるよ」と、そっと後押し。安心した子どもたちは手をあげられるようになり、正解したことを褒めてもらうことで、どんどん成長していきました。

 

 冬になる頃にはすっかりクラスにも馴染み、授業も他の子どもたちと一緒に受けられるようになりました。

 

「私たち自身もサポートすることを楽しんで、とにかく焦らず、気張らず、気負わずで、寄り添うことを大事にやりました」と小形さん。子どもたちの成長を見守ってきた船山教頭先生は、「入学初期の一番不安な時に、いつも寄り添い、頑張りを認めてくれる存在がいたことが、子どもたちの適応を早めた」と振り返ります。

 

 転入から4か月目、スーパーレディたちのサポートは終了となりました。

 

 どの地域にも「スーパーレディ」たちのような素敵な人材がいるはずです。外国ルーツの子どもたちが学校現場で増える中、特別なスキルを持つ人材だけでなく、地域の皆さんの力を活かす工夫が、今求められています。

 


子どもたちの転校生受入プロジェクト

仙台市立北六番丁小学校

外国ルーツの子どもたちにとって、日本の学校への転校は不安でいっぱい。日本語が出来ない場合はなおさらです。一方、クラスメイトたちにとっても新たな体験の始まりです。 

新しい仲間を受け入れるため、自分たちで様々な工夫をした子どもたちに話を聞きました。

 

 2017年9月のある月曜日。仙台市立北六番丁小学校の5年1組の子どもたちは、2日後に中国からの転校生Hくんがやってくると知らされます。

 

「外国のことを見たり聞いたりしたことはあったけど、クラスメイトが外国から来るなんてビックリ。楽しみだと思った」子どもたちはそう振り返ります。

 

 言葉がわからないというHくんのために、子どもたちは受け入れ準備を始めます。学校の書棚にあった中国語会話の本で中国語のあいさつを覚えたり、コンピューター室で中国の文化を調べたり。そして中国語の時間割と、日本語・中国語を併記した会話カードを作りました。

 

「Hくんの転入は突然で、担任として特別なことは出来ませんでした。子どもたちには転校生のことを知らせただけで、準備を促したわけではありません。みんな自発的にやってくれました」と担任の大友先生。

 

子どもたちが作った中国語の時間割
子どもたちが作った中国語の時間割
日本語と中国語を併記した手作り会話カード
日本語と中国語を併記した手作り会話カード

 

 こうしてクラスにHくんを迎えた子どもたち。日本語が上手く伝わらない中、どうすればよいかコミュニケーションを工夫します。

 

「給食当番が一緒なので、ジェスチャーや簡単な日本語を使って教えた」「休み時間は鬼ごっこのルールを教えて一緒に遊んだ」「放課後遊ぼうと、ジェスチャーで約束をした」

 

 それでもやり取りが難しい時は、助っ人を頼みます。隣の教室には、中国語ができる6年生の先輩がいるのです。彼も2年前は中国から来た転校生。当時は日本語が話せず苦労しましたが、今は通訳として先生も頼りにしています。

 

「学校は楽しいです。仲のいい友だちもいるし、放課後も皆と遊びます。よくサッカーをするよ」とHくん。

 

 Hくんがクラスに来たことで変わったことは?

「Hくんは、自分たちが普通に話をしていても分からないことが多い。なので、彼の様子をいつも気にかけるようになった」「初めはどう接したらいいのか全然わからなかった。でも毎日話しているうちに、自分も中国の文化がわかって、いつの間にか普通に接することが出来るようになっていた」

 

 この春から6年生になった子どもたち。Hくんとの出会いをきっかけに、言葉や文化の違いを越えたコミュニケーションを学び、成長を続けていきます。